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未来に繋がる香川へ

2011年

有限会社 槙塚鉄工所 代表取締役 槇塚涼さん

2011年12月15日

「アイデア次第で商品価値を高め、生き残れるということを立証し、中小企業に希望と元気を与えたい」 

Profile 16

今回、お話をお伺いしたのは・・・・
有限会社 槙塚鉄工所 代表取締役 槇塚涼さん
これまでの鉄工所が担って来た役割から一歩踏み出して魅力ある鉄製品を創り、第二創業に奮闘されている。他の鉄工所との差別化を図り、ニッチな市場で生き残ろうと取り組まれている槇塚社長について話を伺った。

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スクラップから作品を
Q:現在、どのような事業を手がけていますか?

飾り格子、看板、表札、階段、手すり、ロートアイアン風の手すり、椅子、テーブル、門扉(もんぴ)、螺旋階段など、鉄を使ったオリジナル家具や什器を創り、販売しています。また、従来通り、機械を載せる架台、水門などのプラント、手すりや階段など受注一点モノの製造もおこなっています。

Q:Steel Factory はどのように誕生したのですか?

私が24歳で代表取締役になった時には、主に下請け業務を担う鉄工所でした。公共事業は削減の一途で、下請け需要の先細りをひしひしと感じてましたね。そして、遂には、スタッフをリストラしなくてはいけない状況まで陥りました。

なんとかしなければ・・・と試行錯誤していた時、ある講演会で、「ごみは宝だ」という言葉を耳にしたのです。その一言は大きなヒントでしたね。鉄工所では、どうしても、ステンレスや鉄のスクラップが発生してしまいますから、それらのスクラップから何か創れないかと思ったのです。そして、弟と新たに事業を立て直そうと2005年にSteel Factoryを立ち上げました。そして、鉄を使った生活小物や什器など、鉄とアートを結び付けたアイアンアートを製作し、他の鉄工所と差別化を図った事業を展開し始めたのです。

この作品はスティールと木で作られたものlovely
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小さくて強い会社に
Q:これまでを振り返り、どのように感じていますか?

立ち上げ当初は、本当に資金が不足していて、どうやって売上を上げるか頭を悩ましていました。そして、今でも常に危機感はあります。ただ、振り返ってみると、これまでの苦労があったからこそ、今の鉄工所があるのかなと思います。Steel Factoryを立ち上げた最初は、キャンドルスタンド、ペーパーウェイトなどの雑貨品の注文が多かったのですが、作品のクォリティが上がるにつれて、表札や手摺、什器などの注文が入るようになりました。

今は、少しずつファンが増え、応援してくれる人も増えて来ています。これまでの道のりは、決して平坦ではなく、正直、試行錯誤の連続でした。しかし、小さな会社でもアイデア次第で生き残れるということを立証していきたいと思っています。そして、他の中小企業に勇気・やる気を少しでも与えることができればうれしく思います。

オンリーワンの鉄工所に

Q:今後の目標は?

私は、スティールファクトリーを小さくて強い会社にしたいと思っています。
そして、他の鉄工所にはできないことをするオンリーワンの鉄工所にどんどん変えていきたいですね。

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槇塚 涼 さん  まきづか りょう 
Prof ile

1969年8月12日生まれ。A型。高松出身。
高松商業高校卒業後、コンピューターの専門学校に行き、パソコン会社で働く。
20歳の時に香川にUターンし、22歳で槙塚鉄工所に入社。
24歳の時に代表取締役に就任。

有限会社 槙塚鉄工所
〒760-0080 香川県高松市木太町2693  
TEL(087) 862-2770   FAX(087)862-2771
URL: http://www.steel-factory.jp
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コウバイマン

2011年12月 6日

「地元の人達主体で地域の魅力を再発掘したい」

Profile 15
今回、お話をお伺いしたのは・・・・
『綾川もりあげ隊』の代表として、地域が主体となった活性化に取り組む福井哲郎さん。

日頃はサラリーマンとして働きながら、綾川の町木である梅を基にしたコーバイマンを自作で作り、地元のイベントを盛り上げる活動も展開されている。「自分達の町くらい自分達でもりあげようよ!」をモットーに地域活性化に携わる福井さんにお話を伺ってみました。

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Q: 綾川を盛り上げ隊とは?
『綾川もりあげ隊』は、今年(2011年)の5月に発足したばかりです。綾川にある歴史や文化を再発掘し、綾川の魅力を地域内外の人達に伝えることを目的としています。初めての活動として、9月25日(日)に、『うどんからつくる里山どぜう汁体験』を実施したのですが、40名近くの参加者があつまり、大盛況でしたよ。綾川はうどん発祥の地と言われており、また、綾川町の郷土料理は、どぜう汁なので、うどんを粉から作り、どぜう汁に入れ、味わっていただいたのです。また、里山の風情を味わっていただくため、綾川町の周辺を散策していただきました。

次は、春に同じようなイベントをしたいと計画しているんです。次の活動に向けて、毎週第3土曜の夜7時から、陵川町役場の農村改善センターか綾上支所農村改善センターで打ち合わせを行っています。現時点では、綾川もりあげ隊のメンバーは、30人程います。綾川町内外から、会や団体に捉われず、綾川を盛り上げたいという思いを持たれている人達が集まっています。

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                                         綾川町では、黄金色の稲穂が美しかったlovely

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                      どぜう汁も3杯くらい食べられるくらい、美味happy01

Q: 綾川もりあげ隊を結成しようとしたきっかけは?
最初は、誘われたのです。私は、香川を盛り上げたいと思い、コーバイマンという綾川町の町木である梅をイメージしたローカルヒーローを作って、イベントに参加していたのです。しかし、一緒に綾川を盛り上げる活動をする仲間を集めたいと悩んでいた時に、偶然、商工会の青年部の方に出会ったのです。彼も、綾川をなんとかしないといけないという篤い思いを持っていることを身に染みて感じました。そして、綾川町で、農業・商業関係の若い人達や青年会の人達が合同で集まる会合があるから来ないかと誘われたのです。

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その会合に参加したご縁で、綾川町の青年会に籍を置くことにしました。青年会のメンバーは10代や20代の若い人達ばかりで、自分だけ35歳でしたけどね(笑)。最年長でした。そして、彼らと一緒に話をしたり、活動している中で、綾川町のことを真剣に考えていることを知りました。そのうち、商工会の人から声が掛かって、綾川町内には、てくてくさぬき事業というものがあり、綾川でも立ち上げたいという誘いがあったのです。広報担当でやってくれないかと。何回か会を重ねるうちに、代表を決めとかないといけないということになり、推薦され、2011年6月から代表を務めています。

Q: 実際に活動をされていて、感じることは?
仕事をしながらのボランティアでの活動であるため、よっぽど熱意を持っていないと活動を続けていくのが難しい部分があると感じる部分はあります。ただ、綾川の活性化に向けた活動をしたいと一人で思っていた時のことを考えると、30人もの仲間がいるのは、うれしいことです。また、仲間と一緒に話をしたり、活動していく中で、綾川町のことを真剣に考えている人達が少なくないことを知りました。今は、毎月1回の割合で集まり、打ち合わせを行っています。一歩ずつではありますが、綾川を盛り上げるという夢に向かって着実に前進していると感じています。

Q: 若い人達へのメッセージをお願いします。
地元の魅力を発掘したら、たくさんありますよ。そんなものは無いという人がいたら、「だったら一緒に魅力を掘り起こしましょう、そして、作りましょう。」と言いたいですね。子どもの頃には、田んぼの中に行って、自分達でルールを決めて遊んでいたと思います。自分で創造して遊ぶことの楽しさを感じていたと思います。工作でも、工作キットを買って作るのではなく、ゼロから作る方がよっぽど創造力を駆使して面白みがあります。そんな創造力のある活動の楽しさを感じるようなことをしてもらいたいと思います。

綾川もりあげ隊で創り上げようとしていることは、まさにゼロから作る面白さを感じられる活動だと思います。みんなで綾川の魅力を再発掘し、それをどのように伝えていくのか試行錯誤しながら考えていく過程には、創造力が必要となる面白さがあると思います。出来合いのもので満足するのではなく、ゼロから作ったからこそ感じることができる達成感や面白さを一緒に感じませんか?

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プロフィール
福井 哲郎さん  

1974年6月18日生まれ、綾歌郡綾川町出身。香川大学経済学部卒業後、地元企業に就職。
その一方で、地域の活性化のための活動を地道に行い、2011年5月に発足した『綾川もりあげ隊』
の代表を務める。『綾川もりあげ隊』は、約30名のメンバーで綾川の活性化に向けた取組みを実施中。
毎月、第3土曜の夜7時から、陵川町役場の農村改善センターか綾上支所農村改善センターで打ち
合わせを行っており、新規メンバー大募集中。

以下のコーバイマンのHPやfacebookに綾川もりあげ隊の紹介が掲載されています。
http://ayagawalocalhero.jimdo.com/
https://www.facebook.com/kobaiman
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シンガーソングライター mimikaさん

2011年11月29日

「音楽を通して人や地域の架け橋になりたい」 

Profile 14
今回、お話をお伺いしたのは・・・・
シンガーソングライターのmimikaさん。

今、大きな注目を浴びている「うどん県」改名のお知らせCM 『We Love Udon』をSHOKOさんと歌い、日テレ「おもいッきりDON! 」やTBS「エンタメキャッチ+」などのエンディングテーマなどにも楽曲が起用され、シンガーソングライターとして大活躍中です。さらに、地元香川では、高松ファイブアローズのオフィシャルソングを歌ったり、アルッテの文化活性大使に就任したり、地域の活性化にも貢献されています。そんなmimikaさんにお話を伺ってみました。    *うどん県改名に関する情報は、こちらのHPで⇒http://www.my-kagawa.jp/udon-ken/top.html)。)) http://www.my-kagawa.jp/udon-

 
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))  

Q:歌手になりたいと思ったきっかは何ですか?
- 中学生の頃から意識し始めました。芸能界には、幼稚園の頃から憧れていましたね。安達祐実さんが出演されている『家なき子』というドラマが好きで、影響されました。また、ASAYANというオーディション番組を見て、同世代の子たちが輝いてるのを見て、自分もいつか輝きたいという思いが強くなりました。ただ、オーディションは、親が同行することが条件としてあったので、受けることができませんでした。親は歌手になることにはあまり賛成ではなかったのです。

そういう理由もあって、高校卒業後は、介護福祉士の専門学校に行くと決めていたんですよ。そして、最終の答えを出さないといけない時に、「やっぱり違う!!」って思ったんです。私がしたいことは、歌手なんだって。そこで、高校の先生に正直に自分の思いを伝えました。そしたら、ご両親にも正直に自分の気持ちを伝えてみなさいって言われたんです。そして、両親に自分の気持ちを正直に伝えて、ようやく理解してもらました!

Q:どのように夢を実現したのですか?
- 高校を卒業してから1年間は、ボーカルスクールの資金を貯めるためにアルバイトをしていました。お金を貯めて上京して、ボーカルスクールに入り、ボイストレーニングを続けました。スクールに入ってすぐの頃は、音楽歴が無かったので、歌を聴いてもらわないといけないと思って、ストリートライブを続けましたね。昼から終電まで毎日のように歌ってました。そして、300円の自主制作のCDを作って、目標を立てて売ってたんです。「3か月に3000枚売るぞ!」って目標を立てて、1か月半で3000枚を売り切ったこともありますよ。1日、1000枚売ったこともあります。そのためには、山の手線の各駅を一つ一つ廻って歌ったり、一人で全国ツアーをしたりしました。また、片道切符代とCD、アンプセットだけを持って東京から大阪・名古屋に行ったこともありますよ。その時は、CDの売り上げ資金で東京に戻って来るという目標を持って行きましたね。

みんなが注目するような音楽歴を作りたかったのです。「どういうことをしたら注目されるんですか?」って社長によく尋ねてました。そして、自分ができる最大限のことをしてました。自分に自信が無かったので、音楽だけで勝負できるとは思わなかったから・・・。自分ならではの行動をしてプラスαをつけたいと思ったのです。
そんな私の行動力を認めてくれた事務所の社長が上京して2年目の時に、CDを出すかと声を掛けてくれました。そして、「まるごとみみか」ミニアルバムを発売することが決まったんです。このミニアルバムでCDデビューを果たしたのです。それからは、ライブハウスや学園祭で歌ったり、歌えるチャンスをいっぱいいただきました!

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Q: 歌手になって感じることは?
- 関東大震災が起こった時に思ったのは、自分の思いや人の思いを音楽にして伝えることができるというのはすばらしいと思いました。自分の気持ちはその場でぱっと言葉にするのは難しいですが、自分の思いをゆっくり言葉・歌詞にして、届けることができるというのがうれしく思いましたね。そして、音楽を大切にしていきたいと心から思いました。

Q: 東京と香川を行き来して感じることはありますか?
- 香川にいる時には、家族がすぐ近くにいることが当たり前だったのですが、今、家族と離れて生活して初めて、家族がいることのありがたみを感じています。また、香川では、周囲の人達が家族のように受け入れてくれ、人の温かさを感じます。また、空気も良く、景色も自然がいっぱいで、耳も目も心も浄化されてます。

東京に行ったからこそ、香川の良さを改めて感じることができたんだって感じています。そして、地元を大事にしたいと思うようになり、今は、東京・香川の両方で活動しています。ただ、香川の中だけにとどまるというよりは、香川と他県との懸け橋になりたいと思っています。

Q: 同じ世代の人達にメッセージは?
- とにかく動くことが大事だと思います。そして、自分の心を動かすこと、自分を盛り立てることをすることも大切だと思います。自分がしたいことが見えたら、それに向かって、行動するべきです。思い立った時に、自分からチャンスを掴みに行かないといけないと思います。

そして、とにかくやってみて、やっていくことで自信をつけるものだと思うのです。失敗するかもしれないけど、自信というものは、自分が行動しないとつかないというのが分かりました。失敗すると思って、行動しなかったら、自信なんてつきません。だから、行動して、少しずつできるようになりながら、自信が持てる自分になって欲しいと思います。

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mimikaさん 
本名:溝渕 美佳(みぞぶち みか)
プロフィール:生年月日は1985年6月26日。26歳。高松市香川町出身。
高校卒業後に1年間アルバイトして貯めた資金を糧に、19歳の時に上京し、
AtoNO Records(事務所兼スクール)に入学。

上京して2年目にCDデビューを果たし、「まるごとみみか」をリリース。
現在は、音楽レーベルを立ち上げ、音楽活動を行う。
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 http://www.my-kagawa.jp/udon-ken/top.html 

オリーブガイナーズ・ベースボールアカデミー 副社長 松浦弘さん

2011年11月25日

「プロ野球選手になりたいという夢を育みたい」

Profile 13
今回、お話をお伺いしたのは・・・・
オリーブガイナーズ・ベースボールアカデミー 副社長 松浦弘さん

将来の甲子園球児やプロ野球選手を輩出するため、野球少年の育成に励まれている松浦さんにお話を伺ってみました。

 


香川県下の中学3年生を主に対象として、野球を指導する「オリーブガイナーズ・ベースボールアカデミー」。子ども達の甲子園やプロ野球への夢に一歩でも近づけてあげたいとの一心で、野球少年の育成に励まれ、子どもの夢の実現に篤い思いを持つ松浦さんにお話を伺ってみました。 
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 。。。
子どもと野球が大好きだから
Q:今の仕事を始めるきっかけはありますか?

私は、大学を中退してから大手タイヤメーカーで営業や総務などの仕事をしていたんですよ。でも、45歳の時に「やりたいことをしたい」と思いましてね。自分が好きな『野球』に関わる仕事をしたいと。

それまでは、時間を見つけては、香川オリーブガイナーズ(以下、ガイナーズ)の設営のボランティアをしていたのですが、どうしても、仕事として関わりたいと思うようになったのです。そこで、妻に相談してみたんですよ。「ガイナーズで働きたい」と。妻は大反対でしたね・・・。転職すると、収入面で厳しいことが分かっていましたから。ただ、どうしても野球に関わりたかったので、妻と何度も話をして、最終的に、理解してもらいました。

そして、ガイナーズに入社し、セールスマネージャーとして働いてたのですが、昨年、ベースボールアカデミー(以下、アカデミー)が立ち上がることになり、アカデミーの方で働きたいと手を挙げたのです。子どもも野球も大好きなので、子どもに野球を教える事業は天職だと思いましたからね。

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(「オリーブガイナーズ・ベースボールアカデミー」の元気いっぱいな子どもたち!)

収入面に関しては、妻や里からのサポートが無かったら、生活が成り立たない状況ですね。しかし、後悔はありませんね。子ども達と一緒に仕事ができるというのが本当に幸せですから。私、5人の子どもがいるんですよ(笑)。我が子たちと一緒に過ごす時間が大きく増えたというのがとてもありがたいですね。

子どもの夢を叶えるために
Q:アカデミーはどのような役割を担っているのですか?

アカデミーは、甲子園やプロ野球に対する子どもの夢を一歩でも近づかせてあげることができる舞台だと思っています。身近な所にプロ野球に進む選手がいるということは、自分も頑張れば実現できるのだという希望や夢を子どもに与えていると思っています。

ガイナーズのコーチが直接、アカデミーのメンバー達に野球を指導する機会が多いことも、子どもにとって大きな学びとなります。地元にプロ野球の球団があり、地元の野球少年に直接教えることができるというのは、全国的に見ても、非常に稀有なケースなんですよ。将来の甲子園球児、そしてプロ野球選手が育つように、いろんな形でサポートし続けたいと思っています。 石毛さん指導2.JPG

(石毛監督から直接指導を受けているオリーブガイナーズ・ベースボールアカデミー の子どもたち)

 一人一人と向き合いながら
Q:野球を教えていて、難しいと感じる点ありますか?

技術的な面ではないですね。ただ、子ども達の性格的な面で難しい点があります。人はそれぞれ性格があるので、子ども達の性格を把握して、それぞれの子どもと対話をすることが一番難しいと感じています。

そのため、子ども達とのコミュニケーションをよく取るようにしていますよ。子ども達を送迎する時に、話をしながら、子ども達の性格を分析しているのです。両親の性格や子ども達の性格によって、一人一人と向き合う時には接し方を変えて、それぞれの子に合った接し方やきちんとした対話ができるようにと思っています。

生き甲斐に向けての仕事を
Q:仕事の遣り甲斐や楽しみは何ですか?

そもそも好きな野球に携わっていること自体、とても楽しいですね。大好きな子どもと一緒に携われるのも本当にうれしいですし。子どもの輪の中に入るのが好きなんです。自分自身も野球をしていましたし、プロ野球もよく見に行っていましたし、本当に野球が好きなのです。

育児や子育ての延長として、仕事上で子どもに携わりたいなあと思っています。だから、お金で無いことで動けるんだと思います。もし、あと10年若かったら、違うことを考えていたかもしれません。でも、自分の遣り甲斐や生きがいが見つかると、それに向いての仕事がしたくなるのだと思います。

将来の夢は、少年野球チームの子ども達に野球を教えることです。小豆島の子ども達に野球を教えることがあるのですが、小豆島の子ども達は、どんどん吸収したがっているのです。目が違います。やはり、純粋に野球をしたいと思う子ども達に野球を教えたいと思っています。

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(オリーブガイナーズのチームメンバーから野球の指導を受けることも!)

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松浦弘さん
香川オリーブガイナーズ・ベースボールアカデミー 副社長

プロフィール
昭和36年2月28日。徳島県徳島市出身。大阪工業大学を中退後、ブリヂストンで
働いた後、オリーブガイナーズ球団のセールスマネージャーとして従事。その経験
を活かし、現職に。
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(株)ビットコミュニケーションズ

2011年11月15日

「情報や人の繋がりを広げていくような活動を続けたい」

Profile 12
今回、お話をお伺いしたのは・・・・
(株)ビットコミュニケーションズ代表取締役 川西 健雄 さん
川西さんが代表取締役を務められている『ビットコミュニケーションズ」では、IT技術を通した社会貢献を考えた取り組みをされています。さらに、Facebookの講師を務めたり、高松祭りやアルッテなどのイベントを盛り上げたり、交流会を開催したり・・・と、地域のために本当に幅広く活躍されている川西さん。 そんな川西さんの原動力について探りたく、お話を伺ってみました。

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地域のために時間を使いたい
Q:事業内容について話を聞かせていただけますか?

- ITに関連する事業を幅広く展開しています。システム開発、ウェブ企画・開発、i Phoneやi Padのアプリ開発、、人材派遣、パソコンスクール、企業情報コンサルティングなど、幅広く事業を行っていますよ。IT技術を通した社会貢献については、常に考えていますね。私は、企業の存在意義は、地域に認められているかどうかだと思うんです。企業は、地域に必要とされていないと生き残ることができませんから。

だからこそ、IT分野以外でも、地域のために時間を使うようにしています。週末や終業後のオフタイムは、地域のイベントに参加して、できるだけ地域や人のために時間を割くようにしてます。

IT技術を社会貢献に
Q:IT技術をどのように社会貢献に活用されているのですか?

- IT技術を通して、障がい者の雇用促進を支援しています。ITは体が不自由な方々に働いていただくには、とっても便利なツールなんですよ。香川県視覚障害者福祉センターやかがわ総合リハビリテーション福祉センターと共同でパソコン教室などを行っています。また、ITを活用した雇用促進も図っています。

また、『人材派遣』というHPを作成して、30代からの自分探しというキャッチフレーズで、求人情報を発信しています。これは、事業を行っている中で、子育てに一段落ついたスキルを持つ30代の主婦が再度活躍できる場が欲しいという声が多くあったからなんです。メルマガの登録者数は数百名いますよ。

さらに、雇用促進に繋がる情報発信源として、『まる得香川』も立ち上げています。読者から投稿された情報を無料で発信する仕組みとなっているんですよ。1996年に立ち上げて、香川県内のイベント情報やHPの紹介などの情報を毎週金曜に流しています。登録者数は2500人以上にのぼります。

そして、情報弱者を少しでも少なくしたいという思いから、ITに関する講習会を行っています。以前はパソコン教室をメインに行っていたのですが、今は、facebook の活用方法の講師をすることが多いですね。5人以上集まったら、無料で講師を引き受けていますよ。 

情報も人脈もオープンに
Q:なぜ、無料で講師を務めたり、情報を提供されているのですか?

- 情報は出す人に集まるものだと思うからです。人脈も同様です。オープンにするからこそ、新しい人や情報が入ってくるものだと思っています。そのため、情報提供と人との繋がりをとても大切にしています。

Facebookの講師をしているのは、使う人が広がれば、Facebookの使い方が変わってくるという利点もあるからです。学生が使ってくれれば、学生との繋がりが生じてくるし、Facebook人口が増えれば、できることが広がってきますからね。

学生と社会人の交流会や、100人でのビアガーデンなど、人との繋がりを広げる場も創っていますよ。情報や人の繋がりを広げていくような活動をこれからも活発にしていきたいと思っています。 

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川西 健雄さん

Profile
昭和44年7月17日、三豊市豊中町出身。
高松工業高等専門学校(現・香川高等専門学校)を卒業後、モーター
設計に4年間程携わり、(株)ビットコミュニケーションズを起業。

株式会社 ビットコミュニケーションズ
高松市川島東町880-3
Tel: 087-848-9855
Fax: 087-848-9856
URL: http://www.bit-com.info
E-mail: info@bit-com.info 
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